

LEG7
8月15日(金)パタヤ
長かった記念大会も大詰めの時
優勝を掛け各チームの想いが交錯する
ラリー終盤にさしかかったこの日、最大の山場と言われていたLEG7の戦いが始まった。SSは164.90km。序盤はタイ最大規模のユーカリ林の中を進んで行く。前日来の雨の影響で路面がマッディになっており、一部、サイドカーや2WDのEVがスタックしてしまっていた。いずれにせよ、前後半ともにプランテーションの中を走る道はほぼ全て穴だらけ。この日もマシンに厳しい1日となった。
したたかに、そして強く!女性2人のAXCR初挑戦!
とはいえ、100%雨と言われていた天気予報が外れ、想定していたよりドライだったことも事実。日本から新型ジムニーで参戦している ♯137 PROPAK GEOLANDAR ASIAN RALLY TEAM の 伊藤 はづき(日本)/槻島もも(日本)組も「スタック必至の極悪ルートと聞いていたので覚悟してコースインしました。でも、今日は一度もハマることなくゴールできました。路面は思ったよりも硬く、ドライな部分が多かったと思います」とコメント。
彼女達2人は海外ラリー初体験。クロスカントリーラリーも初経験。事前にレッキと呼ばれる下見をしてペースノートを作り、1秒でも速く走る「スピードラリー」の経験はあるものの、前日夕方にルートマップを渡され、翌朝ぶっつけ本番の一発勝負で走るクロスカントリーラリーは初めて。
コドライバーの槻島選手も事前に経験者から話しを聞き、心の準備はしていたものの、その難解なコマ地図との戦いに少々どころか相当に面食らった様子。というのもAXCRのコマ地図は区間距離がとても短く、時には80mくらいで!)刻まれていたり、鬱蒼としたジャングルや林間の小道で分岐や十字路を発見すること自体が難しく、トップチームですらミスコースが日常茶飯事という状況の中で、序盤は迷いに迷い…「ナビゲーション経験者」という周囲の期待との狭間で自信を失い、心を砕かれそうになっていたからだ。
だが、そんな時こそ頼りになるのがパートナー。「一緒に迷おうね」とチームの窮状をも笑い飛ばす伊藤選手とのやりとりの中で、槻島選手も自信とペースを取り戻して行く。「あの時、涙は見せてしまいましたけど、心は折れていなかったんですよ」。中盤戦でそう振り返っていた槻島選手も、後半になるに従いナビゲーションの精度が著しく向上、それに伴い、ミスコースも減っていった。そう、このラリーでは男女を問わず、最初に「泣きたくなる」ほどのスランプに陥るのはむしろ、コドライバーのほうなのだ。あの篠塚建次郎選手をして「世界で最も難しいラリーのひとつ」と言わしめるだけの特殊性があるのだ。
そしてドライバーの伊藤選手にとっても序盤は「カルチャーショック」だった。「ショートホイールベースのジムニーで走っていると結構大変な所も多いんです。クルマがむちゃくちゃに跳ねて天井に頭を打ちそうになったり、体が浮いてお尻がシートにたたきつけられたり…車内映像を後からみても2人とも首から上が同じ振幅でグワングワンにシェイクされてて、本当に舌を噛みそう…。そんな中でも後半戦は車をどこにもぶつけず、傷つけずに安全に走り切ることができるようになってきたんですよ」と嬉しそうに語っていた。
ふたりともAXCRに大分慣れてきたのだろう。最後はクスッと笑ってしまうようなコメントでこの日のインタビューを締めくくってくれた。
「ももちゃん(槻島さん)もナビゲーションに慣れてきて、たまにルートをロストしてもすぐ教えてくれるので、ふたりして探せるし、ミスコースしても傷口が浅いうちに戻れちゃうので、今はとってもいい感じで走れています。ミスコースがないと、なんだかコースが短くて…ちょっと寂しく感じちゃいますよね?」。笑…。
マナ選手が渾身の走りでチャヤポン選手に肉薄
そんな中、一番時計でフィニッシュラインに飛び込んで来たのは ♯101 TOYOTA GAZOO RACING THAILAND の Mana Pornsiricherd(タイ)/ Kittisak Klinchan(タイ)の トヨタ ハイラックスだ。この日、彼らの走りを真後ろから観察した ♯105 Team MITSUBISHI RALLIART の 田口勝彦 選手は「♯101のマシンはとても速かった。重量級のハイラックスが軽やかに動いていたので、すごいなと。あれを見て、我々の車もまだまだ速くできる余地があることがわかりました。いいですよね。こういう切磋琢磨は。ライバルに恵まれたと思います」と語っていた。なお、田口 勝彦(日本)/ 保井 隆宏(日本)組のトライトンはこの日も5位の好タイムで走り終えている。
デイリー2番手は三菱 トライトン。 ♯112 Team MITSUBISHI RALLIART の Chayapon Yotha(タイ)/ Peerapong Sombutwong(タイ)組のマシンだ。昨年は、ゴール2km手前でリタイア。待ち受けるクルー達の悲鳴と歓声が交錯する中、涙の戦線離脱劇を喫していたが、今年はしっかりゴールまで走り切ってきた。信頼性重視のエンジンセッティングも奏功しているのだろう。
これにより、チャヤポン選手は総合1位のポジションを維持。鬼神の走りを見せたマナ選手に4分ほどタイムを縮められたものの、約10分のアドバンテージを得たまま最終日を迎えることとなった。
これに対し Team MITSUBISHI RALLIART の増岡浩 監督は「クロスカントリーラリーでは10分の差があっても安全とは言えません。パンクやミスコースといった小さなミスであっという間に追いつかれてしまうので、WRCの1秒に等しいほどの厳しさだと思っています。とにかく、ゴールラインを抜けるまで結果は分かりません。今夜は最終の整備なので、集中して車をしっかり直して、明日の朝に万全の状態で送り出したいと思っています」とコメントしていた。
なお、デイリー3位となったのはAXCR現役のレジェンド ♯113 TOYOTA GAZOO RACING THAILAND の Natthaphon Angritthanon(タイ)/ Thanyaphat Meenil(タイ)組のトヨタ ハイラックス。
4位には ♯104 TOYOTA GAZOO RACING INDONESIA の塙 郁夫(日本)/ 染宮弘和(日本)組のトヨタ フォーチュナーが付けた。SS2の15時間のペナルティーが響き、総合では中断に甘んじているが、一発の速さは健在。最後尾スタートで28台ゴボウ抜きしたLEG5に続き、還暦ドライバー+8年目のマシンとは思えない好タイムでゴールに飛び込んで来た。
驚くべきは総合3位にT2A-D(量産クロスカントリー車両のディーゼル)のマシンが食い込んでいること。♯142 Feeliq Innovation Motorsport の Bailey Cole(アメリカ)/ Sinoppong Trairat(タイ)組の Ford Raptor だ。これはあくまで私の感触だが、この2、3年でタイの街中で見るフォード ラプターの数が急増している。若者からの人気も高いようで、通りがかりにワンメイクイベントを目撃することもあった。車はフルサイズなみに大きく見えるが、装着できるタイヤも大きく、挙動もよく、このような競技への非常に優れたマシンに見える。今後はいすゞ、トヨタ、三菱といったワークス&セミワークスの三つ巴の戦いに、フォードを加えた4社の戦いに変化していく兆しが見え始めている。
そして総合4位と6位は ISUZU SUPHAN YOKOHAMA LIQUI MOLY RACING のD-MAX勢。5位が前述の ♯105 田口 勝彦(日本)/ 保井 隆宏(日本)組というのが最終日前日のオーダーだ。
さあ、明日の最終日だけは、この総合順位のオーダーでスタートが切られる。最初にゴールに飛び込んでくるのは果たして赤いトライトンなのか、はたまたシルバーのハイラックスなのか。降り続く雨が路面をどのように変え、どのようなドラマを創ってくれるのか。全ては明日のゴールで明らかになる。
長かったこの30年、そして長かった30周年記念大会も遂に終わりの時を迎える。万感の想いを込め、ここまで走り続けてきた全ての選手達に「グッド・ラック!」と伝えたい。
(文/河村 大、写真/高橋 学)
Moto
日本人選手がほぼ上位を占めた7日目、最終日にはどんなドラマが待っているのか?
大会7日目となるLEG.7の朝、競技スタート時刻である07:00には昨晩からの雨が次第におさまり、ホテルから約60km移動しておよそ165kmの距離が設定されたSSスタート地点に続々とバイクが集まっていた。
総走行距離はおよそ400kmで、大会初日の開催地であるパタヤへ移動するため、SS後のRSもまあまあ長い。
前半戦と同様に、大幅な標高の上げ下げはなく概ねフラットなフィールドを舞台にライダーの技量が試されることとなった。もはや見慣れた緑の大地に描かれた赤いダート路はうっすらと水を含み、こんもりとした雲に隠された太陽が顔をのぞかせるまで、派手な砂塵を巻き上げることなく切り開かれたジャングルの広大なプランテーションの中をなんとも爽快に駆け抜けることが出来る(ような場所もある)。
とはいえ、アジアンラリー特有の市民の生活道路を繋いで描かれるルートはコマ図の解読が最重要であり、最も難解であると言っていい。
ここまで上位ライダー以外のほとんどは、ライディングスキルだけではなくコマ図の解読が困難なことによって苦しめられ、なかなか前へ進むことが出来ずに体力が削られ、暑さもあって思考が低下し、さらに同じ間違いを繰り返すという悪循環から抜け出せずにいる。
しかしこの日のリザルトを見ると、なんとトップ10のうち母国タイ王国出身のベテラン2名とインドネシアからの参加者1名を除いて、7名が日本からの参加者となっている。もちろん、いずれも経験豊富なライダーではあるものの、大会終盤でこの結果には正直驚きを隠せない。日本とは異なるタイ王国独自の道路事情と道の成り立ち、そしてアジアンラリー特有の難解なコマ図に、早くも順応しているということなのだろう。
詳細は公式リザルトを確認してもらいたい。
ちなみに、ここ数年連続でアジアンラリーに参戦しているサイドカーチーム、渡辺/大関組(#66/Rising Sun Racing/URAL)は、Motoを含む42台中、総合34位、LEG.7では22位という結果を残している。
マン島TTレースやパイクスピークなど、ニーラー(左右一体型の流線型ボディを持つ、腹這いで膝を付いて車体に潜るタイプのサイドカー)で極限の世界に挑戦してきた2人が、アスファルトからオフロードへ移行して早10余年。「戦う場所(相手)が無くなっちゃったから」と、笑いながらタイ王国へやって来た当初はただのイロモノ的な存在にしか見えなかったが、「サイドカークロス」まで持ち込んだ時期もあり、その見た目と突拍子もないチャレンジには現地での注目度も高く、大いに存在感を発揮していた。
真剣に勝つこと(やり遂げること)に打ち込んできたものの、そもそもこの競技では限界があるということも事実。それは当人たちも十分理解しているようで、来年はどのような挑戦を見せてくれるのか、期待せずにはいられない。
(文・写真/田中善介)
一方、日本からやって来たアジアンラリー初参戦で競技自体入口に立ったばかりのバイク仲間2人組もまた、チャレンジャーと言えるだろう。
コマ図もタイム制もよく分からず、かといって無理はせず、「海外ツーリング」を楽しむように馴染んでいる姿はじつに新鮮。周囲の「優しいおじさんたち」に声を掛けられながら終わりのある時間を満喫しているようだ。
それがこの日、SSでスタックしたサイドカーを、同じく現場に居合わせたホンダ「スーパーカブ」を駆る谷選手(#12/GARAGE GAIN)と共に必死で引き出して手助けしたという一幕もあったらしい。片やホンダ「CRF250M」(モタードスタイルの公道市販車に前後オフロードホイールを装着)、片やカワサキ「スーパーシェルパ」に乗り、慣れない土の上でバイクを停め、泥だらけになりながらベテラン2人が乗るウラルを救出したとか。
そんな2人の姿を写真に収めたいと日々待ち構えていたが、結局カメラの前に2人が姿を現すことは無かった……(他の場所に立っていたカメラマンによってしっかりと記録は残された)。
ここではライダー1人ひとりにそれぞれのドラマがあり、誰にも知られず、自分だけの記憶に強く残る出来事が多い。
たった1人でジャングルの中を、山岳地帯を、高速道路のような誰も立ち止まらない広大な幹線道路を、言葉が通じない人たちの集落の中を走っている時、どうしようもない状況に陥ることが必ずある。
そんな時に自分の人間力が試される。非日常の体験が盛り沢山のアジアンラリーでは、競技の枠を超えた「何か」があるから面白い。
そうしていよいよ、明日は最終日のLEG.8を迎える。午後に設定されたフィニッシュセレモニーで参加者の心に刻まれる記憶は一体どのようなドラマなのか。全員が無事、笑顔でゲートをくぐるまでの姿を記録に残したい。
(文/田中善介、写真/芳澤 直樹・西山 和俊)
なお、この日はMotoクラスに大会スポンサーであるPROPAKから、SS上位5名にデイアワードが用意され、プレゼンターを務める石田会長の手から賞金が授与された。なお、急遽登壇が叶わなかったスマティ選手(4位)に代わり、チームメイトでありライバルでもある池町選手(1位)が代理で受け取る姿もまた、印象的だった。
(文/田中善介、写真/高橋 学)